大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和52年(ワ)3134号 判決

原告

興亜火災海上保険株式会社

被告

帝都タクシー株式会社

主文

一  被告は、原告に対し金四九万九、五〇〇円及びこれに対する昭和五二年三月二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一申立

(原告)

一  被告は、原告に対し金一六六万五、〇〇〇円及びこれに対する昭和五二年三月二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

(被告)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決。

第二主張

(原告)

「請求原因」

一  原告は、昭和五一年一一月一一日、訴外五代通商株式会社との間で、同社所有のシボレーカマロ大型乗用自動車(練馬三三す三七〇五、以下「被保険車」という)を被保険自動車として、保険期間を昭和五一年一一月一八日から一年間、保険金額を二八〇万円とする車両保険契約を締結した。

二  昭和五二年一月二日午後七時四五分頃、都内豊島区池袋二丁目一番一号先路上において、訴外寺尾則夫運転の被保険車が池袋方面から新大塚方面に向つて直進中、その前方でUターンした訴外鳥居徳次郎運転の乗用車(足立五五う二八〇五、以下「被告車」という)と衝突する事故が発生し、よつて被保険車は後記損害を蒙つた。

三  本件事故は、訴外鳥居においてUターンするについては、対向車の有無、動静をよく確認して、進路妨害とならないようにすべき義務があるのに被保険車との距離、速度等を看過し、先にUターンを終えることができると速断した結果、被保険車の進路を妨害する状態でUターンして本件事故を生じさせたものである。

訴外鳥居は、被告会社のタクシー運転手で、その業務に従事中右のとおり過失によつて本件事故を惹起させたのであるから、被告は民法七一五条一項により被保険車につき生じた損害の賠償責任がある。

四  本件事故により被保険車は一六六万五、〇〇〇円の車両損害を蒙つた。そこで原告は前記車両保険契約にもとづき訴外五代通商株式会社の支払委任により、修理先である日通商事株式会社大洋シボレー本店に対し昭和五二年三月一日に右金員を支払つた。

よつて原告は、商法六六二条により訴外会社の被告に対する右同額の損害賠償請求権を取得した。

五  よつて原告は、請求の趣旨のとおり右金員及びこれに対する民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める次第である。

「訴外鳥居の過失についての主張の補充」

本件事故現場は歩車道の区別のあるアスフアルト舗装路で、車道幅員一二メートル、平坦な見通しの良い直線道路であり、よつて訴外寺尾則夫は約三〇メートル以上手前で被告車が対向車線横断歩道標示上の東側端に停車しているのを発見した。この時同訴外人は被保険車を時速約六〇キロ位で運転していたが、進行路信号は青を表示しており、また対向車がいきなりUターンするとは予想していなかつたのでそのままの速度で進行した。しかるに被告車(タクシー)は乗客を降ろし、前記のとおり被保険車の進路を妨害するようにUターンして本件事故を生じせしめた。

なお、訴外寺尾則夫は、呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態であり、酒気帯びであつたが、酒に酔い正常な運転が出来ない状態ではなかつたのである。従つて本件事故の原因は被保険車の進路を妨害した訴外鳥居の過失に起因するものである。

被告は訴外鳥居が刑事処分をうけなかつたことをもつて本件事故は訴外寺尾の一方的過失によると考えているようであるが、民事の交通事故賠償を指導する理念は社会連帯と公平である。本件のごとき場合訴外寺尾則夫の過失は二割程度とされる。

「保険金支払義務についての主張」

自家用自動車保険約款第五章車両条項第四条(てん補しない損害―その三)に、「酒に酔つて正常な運転ができないおそれのある状態で、被保険車を運転しているときに生じた損害をてん補しません」旨規定されている。

他方保険会社は保険金の支払請求を受けた時は原則として一ケ月内に調査し、その段階で免責条項に該当しないと判断したときはすみやかに保険金を支払わねばならない慣行となつている。そこで原告会社では本件事故につき調査したのであるが、警察官から訴外寺尾則夫は酒気帯び運転中であつたことを確認した。右約款の規定から明らかなように酒気帯び運転は免責条項に該当せず、よつて原告は訴外五代通商株式会社に対しててん補義務を負担するに至つたものである。

被告は、原告がてん補義務を負担していなかつた旨種々主張するが、右の次第でその主張は失当である。

(被告)

「請求原因に対する答弁」

請求原因一項は不知。

同二項中、事故態様の点は争うが原告主張の日時場所で本件事故が生じたことは認める。

同三項中、訴外鳥居の過失は否認する。もつとも同訴外人が被告の被用者で、事故当時その業務執行中であつたことは認める。

同四項記載の事実は不知。但し原告が代位権を取得したことは後記のとおり争う。

「訴外鳥居の過失不存在の主張」

訴外鳥居は、時間的、距離的に充分その余裕があることを確認したうえUターンしたものであるが、訴外寺尾則夫においてキープレフトの原則を守らず、道路中央側を呼気一リツトルにつき〇・四五グラム以上のアルコールを帯び且つ制限速度を二〇キロも越えた時速六〇キロ以上の速度で突進して来たため本件事故が生じたのである。

訴外寺尾則夫は衝突地点手前二三メートルの所で被告車を発見したというのであるから、同訴外人において制限速度を遵守しておれば衝突を避け得たのであり、また酒に酔つていなければ被告車の発見、その後のブレーキ操作が遅れることなくやはり衝突を避け得たのである。

従つて本件事故は訴外寺尾則夫の右のごとき一方的過失によるもので訴外鳥居に過失はなく、よつて被告が損害賠償責任を負うことはない。

「原告の本件支出は免責されたとの主張」

前記のとおり訴外寺尾則夫はアルコールを身体に保有していたのであり、その程度に鑑み、酒に酔つて正常な運転ができないおそれがある状態で被保険車を運転していたというべきである。しかるに本件は不当にも国会議員が介入して同訴外人の処罰としては酒気帯び運転にとどまつた。

しかし飲酒運転事故による損害を保険によつて填補すべきでないとの約款は、飲酒運転の危険性に鑑み、保険会社において結果的に飲酒運転を助長することをなからしめるために設けられたものである。従つてその解釈はその趣旨から判断して制限的に解釈する必要はなく、ましてや道路交通法一一七条の二と同一の解釈をする必要はない。なぜなら一方は罰則規定で、罪刑法定主義の要請からその解釈は明確かつ厳格なのは当然であるにしても、保険約款の場合は右のごとき規定の趣旨からして交通事故防止の世論の要請により多く答えるべくおよそ正常な運転ができないおそれがある場合は填補すべきではないと解すべきであるからである。一般に飲酒運転事故による保険会社の免責の規定は保険約款上自損事故条項、車両事故条項のみ規定されており、従つてかかる解釈によつても被害者救済等に不都合をきたすことはなく、正当にも飲酒運転者に対する保険利益がとどまるに過ぎない。

よつてたとえ訴外寺尾則夫が本件事故に関し酒気帯び運転としての刑罰を受けたにとどまつたとしても保険契約上の酒酔い運転と判断して相当だつたのである。

さらに前記のとおり同訴外人は制限速度毎時四〇キロの道路をこれを大幅に上回る速度で走行したのであり、この点も道路交通法二二条一項、一一八条一項二号により処罰されるところであり、同訴外人は悪質重大な法令違反行為により本件事故を惹起したものである。

かくのごとき保険契約者、被保険者の代表取締役たる訴外寺尾則夫の運転状況に鑑み原告は約款により保険金の支払を当然免責されたのである。従つて原告において支払つたとしても商法六六二条による代位権を取得する余地はないところである。

なお仮に本件のごとき悪質重大な違法運転の場合にも免責されることのない約款だとすれば、違法行為を助長するいわば約款自体公序良俗に違反して無効たるを免れず、よつて原告は本件事故につき保険金を支払う義務はなかつたものである。

本件保険金の支払は、原告において何ら支払義務がないのに顧客の維持拡大のためになされたと考えられる。しかしいずれにしろ国会議員の不当介入によつて訴外寺尾則夫の処罰が酒気帯び運転にとどまつたとしても原告が約款によつて免責されることにかわりはなく、また原告が過剰サービスとして保険金を支払つたとしてもそれがため法律上はもちろんのこと、契約関係あるいは事前の承諾なき被告に対して求償権が発生する余地はない。

右被告の主張が認められて原告の本訴請求が棄却になつた場合でも、原告は訴外五代通商株式会社に対し不当利得、ないし損害陪償請求によつて解決すべきであつて(約款第六章一般条項、第一七条第三項参照)、救済の手段がないわけではない。仮りに救済が不能若しくは著るしく困難であるとしてもそれは原告の自業自得であつて被告に対し求償し得る理由とは絶対になり得ない。

「仮定抗弁」

酩酊運転及び著るしい速度違反が事故の原因となつている場合、仮りにそれが事故原因の全部でなく一部であつたとしても重大な法令違反行為を抑制するためには損害の総てにつき免責とすべきである。

仮りに何らかの理由で被告に求償義務ありとすれば、訴外五代通商株式会社に代位する原告との間において過失相殺を主張する。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  本件事故が被告車の運転手たる訴外鳥居の過失によるとの点を除き請求原因二、三項の本件事故の発生、被告が訴外鳥居の使用者で、本件事故当時同訴外人がその業務を執行中であつたこと等の各事実は当事者間に争いがない。また請求原因一項の車両保険契約が締結されたこと及び同四項のとおり本件事故により被保険車が損害を蒙り、その結果右車両保険契約にもとづき修理代金相当の一六六万五、〇〇〇円の保険金をその主張の日に保険契約者たる訴外五代通商株式会社に支払つたこと、の各事実は証人藤井司通の証言により原本の存在、成立の認められる甲第一号証、成立の認められる同第二ないし第四号証及び同証人の証言によつて認めることができる。

二  そうすると右保険金の支払が有効なものであり、且つ本件事故が被告車の運転手たる訴外鳥居の過失によるものであれば、民法七一五条一項により訴外五代通商株式会社が被告に対して有した本件事故による被保険車の損害についての賠償請求権を原告は商法六六二条により右保険金支払の限度において取得することになる。

被告は、本件事故発生に関し訴外鳥居に過失があることは争つているので、まずこの点について検討するに、成立につき争いのない乙第一ないし第三号証、及び証人寺尾則夫、同鳥居徳次郎の各証言によれば、本件事故は池袋方面から新大塚方面に通じる歩車道の区別ある道路のアスフアルト舗装の車道歩でUターン中の被告車に池袋方面から直進して来た被保険車が衝突したので、付近の道路状況、衝突の模様は大略別紙図面のとおりで、これを詳説すると

(一)  事故現場は、三叉道交差点の池袋側入口付近で、被告車、被保険車が進行した車道は片側二車線、幅員一二メートル、センターラインが引かれ平坦な見通しの良い直線道路で、交差点入口には信号機のある幅員三・五メートルの横断歩道が設置されていること。

事故当時路面は乾燥しており、夜間(午後七時四五分頃)であつたが付近は照明で明かるく、正月休みで交通閑散であつたこと、なお付近の交通規制は駐車禁止、制限速度毎時四〇キロであつたこと。

(二)  被告車(タクシー)は乗客二名をのせ新大塚方面から走行して来て右横断歩道上付近(別紙図面〈1〉地点)に停車して客を降ろしたこと、そしてUターンして新大塚方面に戻るべく右転把しながら発進し、七・二メートル進行して自車の中心がセンターラインを通過する位の地点(〈2〉地点)で左方から対向して来る被保険車を認めたが、及ばずそのまま約一・六五メートル進行して対向車線中心付近(別紙図面×地点)で被告車の左前フエンダーに被保険車の右前部が衝突したこと。その結果被保険車はその場に停止したが、被告車は右に転把していたので押されて半回転しながら後退して発進地点付近(〈4〉地点)に戻り街路樹に衝突して停止したこと。

(三)  他方被保険車は池袋方面から中心線よりの車線を進行して来て、運転手の訴外寺尾則夫は、反対車線前方池袋側交差点入口にタクシー(被告車)が停止しているのを認めたが、特にこれに注意を払うことなく交差点の対面信号が青色だつたのでそのまま交差点を通過しようとしたところ、Uターンするため自車線に進入して来た被告車が別紙図面〈2〉地点に位置しているのを前方約二〇メートルの地点(別紙図面〈ア〉地点)に至つて認め、左に急転把するとともに急制動の措置を採つたのであるが、右のとおり衝突に至つたこと。

被保険車の制動痕は、右一九・四メートル、左二一・五メートルの長さで残されており、この制動痕の長さ、前記のごとき衝突後の被告車の動きに鑑み、事故直前被告車は時速六〇ないし七〇キロの速度で走行していたと推認されること。

の各事実が認められる。

三  右認定事実からするとなるほど被告の主張するとおり被保険車はキープレフトの原則に反しセンターライン寄りの車線を、制限速度を三〇キロ近く上回る速度で進行して来たものであり、さらに後に見るとおり訴外寺尾則夫が飲酒して運転していた事実等も存するのであるが、被告車の運転手たる訴外鳥居に対向車に充分な注意を払うことなく対向車線に進入した過失があることは明らかである。

すなわち右両車両の動きから明らかなように、被告車は新大塚方面から三叉路交差点を青信号で通過し、この青信号表示が変わらない間に乗客二名を降ろし、Uターンすべく発進して対向車線に進入したわけである。被保険車の運転手たる訴外寺尾則夫は事故直後以来当法廷に至るまで一貫して被告車がいきなり右折して自車線に進入した旨供述しており、同乗していた同人の友人も警察官の取調において同旨の供述をしている。これら供述をそのまま採用しないにしても右のごとき被告車の動きからすると同車が相当急に発進右折を開始したことは優に窺えるところである。

ところで訴外鳥居は当初捜査官に対して対向車の有無を確認することなくUターンすべく発進し、対向車線に進入直後の別紙図面〈2〉地点で始めて左方約三一メートルの地点(別紙図面〈ア〉地点)に対向して来る被保険車に気付いた旨供述していたのであるが、その後及び当法廷では発進時前方約九〇メートルの地点に対向して来る被保険車を認めたのであるが、同車が制限速度内で走行しておればこの距離があれば充分Uターンを完了できると判断して右折発進したところ右のとおり別紙図面〈2〉地点に至つた時には被告車は約三一メートルの距離にまで接近していて衝突に至つた旨供述するようになつた。

訴外鳥居が、当法廷における供述のごとく対向車を認めたうえ発進、右折したとしても、先に述べたごとき被告車の発進、右折態様からすると、同訴外人において対向車線に進入するに際し、対向車との距離、速度を誤り、その結果対向車の進路を妨害するような状態を生じせしめたと認められ、よつて本件事故発生についての同訴外人の過失は少なくないところである。

四  もつとも前記のごとく事故直前被保険車は制限速度を三〇キロ近く上回る速度で走行していたもので、この点同車においても過失があるほか、前掲各証拠によれば、

(一)  この日(一月二日)、訴外寺尾則夫は友人宅を訪れ、午後六時頃から七時頃までの間にブランデーをグラス二、三杯飲み、午後七時半頃になつて参拝を思い立ち、右友人並びに女性二人を被保険車に同乗させて湯島神社に向けて出発したのであるが、この時同訴外人は和服姿で草履ばきであつたこと。なお出発してから事故地点までは約二キロ位であること。

(二)  事故後午後八時一〇分から九時一〇分までの間警察官による実況見分が実施され、訴外鳥居、訴外寺尾則夫はこれに立会つたうえその後取調べのため巣鴨警察署に赴いたこと。そのため訴外寺尾則夫の飲酒の程度の検査は午後九時四五分頃に同署においてなされたのであるが、鑑識カードによれば、この時同訴外人は「酒の臭いをさせながらすいませんを繰り返し」、「顔面より約五〇センチ離れた位置で酒臭が強く」、「目が充血」はしていたが、名前、生年月日、職業、時刻等の質問事項には正常に答え、おおむね一〇メートルを真直ぐに歩行させたところ正常に歩行し、一〇秒間直立させたところ直立でき、呼気検査をしたところ呼気一リツトル中に〇・四五ミリグラムのアルコールを保有している状態であつたこと。かかる同訴外人の状態に鑑み担当警察官は同訴外人の酩酊の程度を酒気帯びと判断したこと。

その日訴外鳥居、同寺尾則夫も逮捕されることなく帰宅を許され、そしてその後の捜査を経たうえ本件事故に関し訴外鳥居については処分はなく、訴外寺尾則夫は酒気帯び運転(道交法六五条、同一一九条一項七号の二)により罰金三万円に処せられたこと。

の各事実が認められる。

そうすると訴外寺尾則夫は、運転操作に不適切な服装、履物で運転していたわけであり且つ右のごときアルコールの保有度からすると運転時同訴外人の注意力はやや散漫になつていたと認められるところである。

前記のとおり被保険車の進路を妨害した被告車の責任は少なくないのであるが、訴外寺尾則夫の右のごとき状態及び前記のごとき速度違反からすると本件事故発生については同訴外人の過失の方が大きく寄与していると考えざるを得ずその過失割合は同訴外人の運転する被保険車が七割、訴外鳥居の運転する被告車が三割と解するのを相当とする。

五  そうすると被告は、訴外鳥居の使用者として、本件事故による被保険車の損害につきその所有者たる訴外五代通商株式会社に対し訴外鳥居の右過失割合の限度で賠償責任を負うことになるところ、その損害が修理代金相当の一六六万五、〇〇〇円であり、そして保険契約にもとづき同訴外会社にこの金額を支払つたことは前記のとおりであり、よつて原告は保険代位により同訴外会社が被告に対して有する一六六万五、〇〇〇円の三割に相当する四九万九、五〇〇円及びこれに対する保険金支払の翌日以降民法所定の遅延損害金の賠償請求権を取得したことになる。

六  しかるところ被告は、訴外寺尾則夫の本件事故当時の前記酩酊の程度は自家用自動車保険約款にいう「酒に酔つて正常な運転ができないおそれのある状態」に該当し、そして同訴外人は保険契約者、被保険者たる訴外五代通商株式会社の代表取締役だつたのであるから右約款により原告は保険金の支払を免責されたのである。従つて原告の同訴外会社に対する保険金の支払は正当なものでなく、よつて原告が同訴外会社の賠償請求権を保険代位によつて取得することはない旨主張する。

保険約款中に被告主張のごとき条項が存すること及び訴外寺尾則夫が保険契約者、被保険者たる訴外五代通商株式会社の代表取締役であることは原告においても争わないところである。

しかしながら右約款の条項からすると原告において事故当時訴外寺尾則夫が「酒に酔つて正常な運転ができない状態」であつたことを証明しない限り、原告は保険金の支払を免れない立場にあると解される。証人藤井司通の証言によれば、原告は調査員を使用して訴外寺尾則夫の酔いの程度を調査したが、正常な運転ができない状態にまで酩酊していたと認めるのは困難であるとして前記のとおり保険金を支払つたことが認められ、その後の同訴外人の刑事処分の結果も原告のかかる判断が相当であることを裏づけることになつている。

もつとも刑事処分は検察官の起訴を待つてなされるものであり且つ厳格な証明を前提とするものであるから、被告の主張するように「酒に酔つて正常な運転ができない状態」にあつたか否かの判断は刑事上の処分結果に拘束されるものではない。そして前記事実からすると訴外寺尾則夫の酔いの程度の判定は事故後二時間以上を経過してからなされたものであり、さらに証人寺尾則夫、同鳥居徳次郎の証言によれば、事故後巣鴨警察署に赴いた際、訴外寺尾則夫において国会議員らしき人物に電話し、その電話の相手方から警察官に対して何らかの口添えがあつた節が窺える。

被告は右のごとき事実をもつて訴外寺尾則夫は本来「酒に酔つて正常な運転ができないおそれがある状態」にあるとしていわゆる酒酔い運転として刑事上の処罰を受くべきところ、前記のとおり酒気帯び運転の処罰を受けたにとどまつたのであり、刑事上の処分結果も不当なものである旨主張するようである。

しかしながら訴外寺尾則夫の酔いの程度の判定が遅れたのは実況見分に時間を要したからであつて不当な事由によるものではない。そして判定時の前記のごとき同訴外人の状況、アルコール保有量からすると同訴外人は単なる酒気帯び状態にあると認めざるを得ないことは明らかであつて被告主張のごとき不当な判断があつたとは到底考えられない。

のみならず前記のとおり被告車はかなり急発進して右折し被保険車の進路に進入したと認められるところ、訴外寺尾則夫は若干の遅れはあるとはいえこれに対応して急制動の措置を採つているのであつて、かかる同訴外人の措置を勘案すると同訴外人が「酒に酔つて正常な運転ができない状態」にあつたとは認め難く免責事由に該らないとの原告の判断は正当なものと考えざるを得ない。

七  右の次第で免責事由があるのに支払つたのであるから原告の訴外五代通商株式会社への保険金の支払は正当なものでなく、よつて保険代位は生じないとの被告の主張は認められないところである。

そのほか被告は、訴外寺尾則夫は酒に酔い、制限速度を大幅に上回つて走行するという悪質運転をしたのであるから、かかる場合にも免責されないのであれば約款自体違法行為を助長する公序良俗に反する無効なもので、よつて正当な保険金の支払があつたものとはいえないとか、仮に訴外鳥居に本件事故発生につき過失があつたとしても訴外寺尾則夫の違法運転に鑑み被告は責任を負わないと解すべきであるとか主張する。しかしながら損害保険契約において保険契約者が保険事故発生の場合にそれによる損害額以上の保険金の給付を受けることはないのであるから、保険金の給付が直ちに違法運転を助長するとは考え難く、さらに本件事故の直接の原因は前記のとおり対向車への配慮を欠いた訴外鳥居のUターンに起因するのであつて、かかる事情からすると被告の右主張はいずれも採り得ないものである。

八  以上の次第で原告の本訴請求は被告に対して四九万九、五〇〇円及びこれに対する保険金支払の翌日たる昭和五二年三月二日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部崇明)

別紙図面 現場見取図

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例